三河地震を起こした深溝断層見学 その1 |
蒲郡のお施主様宅からの帰りに、幸田町の深溝断層(ふこうぞだんそう)に行ってきました。
太平洋戦争末期の昭和20年1月に三河湾を震源とする三河地震が起こり、死者2306名という大きな被害を出しました。
被害は広く愛知県の広範囲に及び、西尾市(旧幡豆郡)で1170名、安城市(旧碧海郡(現岡崎市矢作町、六ツ美町含む))で851名、蒲郡市(旧宝飯郡)で231名、額田郡(幸田町、現岡崎市福岡町)で26名などです。
遠くは半田市や名古屋市でも死者が出ています。
この地震を引き起こしたのが、深溝断層という活断層です。
この断層の一部が残されています。
今、見ると、段々畑か棚田のように見えますね。
断層のずれを視覚的にわかりやすくするために、色分けされたポールが断層をはさんで、両側に立っています。
2本が対になっていて、低い方に着色されたポールの色の先端が、高いほうのポールの下のほうにあるのが見え、1.5m地面に段差ができたことが分かります。
次回に続く。